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富内駅(旧富内線)

北海道勇払郡むかわ町~天空にあがる線路、富内駅(旧富内線)
富内駅(旧富内線)、富内線広域図(北海道勇払郡むかわ町)
撮影取材日 2016年5月

北海道勇払郡むかわ町から、富内駅(旧富内線)です。
富内駅は、旧富内線の中の1つの駅です。
旧富内線は、1922年に胆振管内沼ノ端駅と旭岡間の開通から始まります。
その後むかわ町の鵡川駅が起点となり、1964年には日高町まで延長されました。
全線開通した富内線(鵡川駅から日高町駅)は82.5kmで、その間には15の駅がありました。

林業や鉱業を支えた富内線は、1963年に富内駅の乗降客は14万人を記録、発着貨物も16,000トンを記録しました。
しかしながら、その後の林業衰退や鉱山の閉山、自動車の普及等により1986年10月末を最後に全線廃止となりました。
64年間の歴史でした。
富内駅(旧富内線)、富内線詳細図(北海道勇払郡むかわ町)
起点駅の鵡川駅は現在でも営業していますが、その他の14駅は廃止されました。
富内駅は鵡川駅から8駅めになります。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎(北海道勇払郡むかわ町)
上の写真は富内駅の駅舎前からです。
富内駅周辺は公園として整備され、地元の人々の活動に支えられて今でも当時の姿を保っています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎の中(北海道勇払郡むかわ町)
富内駅の駅舎の中です。
駅舎内には運賃表と時刻表が掲げられています。
落ち着いた雰囲気の待合室があり、ガラス越しに事務室を見ることができます。
事務室には当時使われていた備品などが展示されています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎の事務室の中(北海道勇払郡むかわ町)
こちらは事務室の中の一部です。
ガラス越しに撮影しています。
当時の備品類が数多く展示されています。

1999年の高倉健主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」の小道具として、こちらの備品類が貸し出されたことから、高倉健の写真も掲げられています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎とホーム(北海道勇払郡むかわ町)
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駅の改札を抜けて、ホーム側に出たところです。
駅舎やホーム、1920年代の構内の線路は、国の有形文化財に指定されています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎とホームと駅名標(北海道勇払郡むかわ町)
ホームの端には当時の駅の駅名標がいくつか並んでいます。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎から見た鵡川駅方面のレール(北海道勇払郡むかわ町)
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駅舎側のホームから構内の線路を見渡したところです。
鵡川駅方面ですが、1km近い線路が保存されています。
左側に見える車両は、保存展示されている客車です。

右のホームに見えている花壇は、宮沢賢治設計によるものを再現しています。
眼の形をしていますが、「涙ぐむ眼」と呼ばれています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の駅舎から少し線路を進んだところから(北海道勇払郡むかわ町)
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駅舎から鵡川駅方向に向けて、少し進んだところからです。
線路の先を見ると、反対側の線路が上に曲げられる形になっています。

戦後初の選挙で当選した当時の村長は、宮沢賢治の思想を手本とする理想郷を作ることを目指していました。
1986年に富内線が廃線になったとき、地元有志は「銀河鉄道の里づくり委員会」を結成し、宮沢賢治の理想郷とあわせて駅の保存活動をしています。

1つ前の写真にある花壇は、そのうちの1つです。
この写真の奥に見える線路は、銀河鉄道をイメージしています。
富内駅(旧富内線)、富内駅の構内から見渡す駅舎と客車(北海道勇払郡むかわ町)
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こちらは駅舎から離れたところから撮影したところです。
クローズアップ気味で駅舎と客車を入れた風景です。
富内駅(旧富内線)、富内駅の構内にある天空へのレール(北海道勇払郡むかわ町)
こちらが銀河鉄道をイメージして作られた線路です。
線路を加工して作られています。
高さはおよそ4メートルになります。
富内駅(旧富内線)、富内駅の構内にある天空へのレールを正面から(北海道勇払郡むかわ町)
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線路に沿って、銀河鉄道を見たところです。
天空へのぼるレールです。



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